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月刊税理「富裕層管理の取組みと調査対象の選定」に寄稿致しました。

「重点管理富裕層に係る管理等の試行について(指示)」からみる、いわゆる富裕層の調査選定・管理について(ドラフト)

1 富裕層管理の必要性

(1) 徴税コストの効率化
    所得税・相続税は累進税率を採用しており、税務調査により増差所得(追徴対象所得)が発生した場合、仮に増差所得が同額の納税者が複数いたとして、税率差が原因で課税所得が高い人が低い人よりも追徴税額が多くなる。
   調査に要する徴税コストを考えるに、低所得者よりも高所得者の調査をした方がより多くの徴税が出来る。当局としては貧乏人より金持ちの調査をした方が効率的なのである。

(2) 税の不公平感の払拭
長い不況を経て所得格差が拡大した。納税者数では低中所得層が多くを占めるが、これとは逆に税収の多くは高所得層からのものである。税収が少ないからといって低中所得層を無視することは出来ない。まともな申告をしないのが世の常識となってしまったら、現在の徴税水準に戻すまでの時間やコストは計り知れない。
納税者の申告水準の維持という観点から、納税者数の多くを占める低中所得層の納税モラルを維持することが当局にとっての課題となる。そう、当局は高所得者や大口資産保有者への適正課税を実施している、という姿勢を見せる必要がある。

(3) 税目別管理の限界
 高額所得者だが保有資産が少額、あるいは、所得が少額でも保有資産が相当ある、といったように高額所得者と資産保有者は必ずしも関連性があるとはいえない。高額所得者を管理して効果があるのは所得課税という観点だけである。所得税の管理情報は資産課税には流用できない。生前は高額所得者だったから相続財産があるだろう、せいぜいこの程度のことである。
当局の納税者管理は税目別に行ってきた。データベースはKSKシステムである。管理コードを付して検索、抽出及び調査選定業務に利用している。コード管理の弱点は一定時点の状況が指定された内容で固定されてしまう事である。名簿項目以外はコードでしか登録できず、情報の肝であるテキストでの情報蓄積ができない。さらに言えば他の事務系統が登録した情報はアクセス制限により閲覧ができない(所属、ランクによってアクセス情報に制限がかかる)ので情報の共有ができていない。
そうはいっても、情報を端末でフリーにしてしまうことは、税務職員による情報漏えい防止にならないので簡単なことではない。試行通達においても所轄税務署に交付する名簿には空欄の箇所が見受けられ、情報漏えい防止に配慮している。
相続税・贈与税の調査管理はこれまでどうだったのか。申告があったものについては主管課の課税第一部資産課税課が司っている。全件についてプライオリティに応じて調査部署が決定される。仮にAランクからCランクまであるとして、Aランクの調査部署は資料調査第二課が所掌する。局員だけの事案である。Bランクは機動課が所掌する。機動課は局員と署員の合同調査である。OJTの意味合いが強い。AでもBでもない案件が署所掌となる。署所掌になると総合担当特別国税調査官が調査選定しなければ署資産課税部門の案件となる。
    申告があった者の調査管理について述べたが、申告のない者の調査管理はどうなのか。仮に申告があれば、評価や名義株の実務的適否は置いておいても、とりあえずは調査対象の土俵に上がるわけでさほどの問題はない。問題は無申告者や国税当局がノーマークの国外財産にある。こんなことを言うのは酷だが、資産課税セクションに従事する国税職員は、課税部内では超ドメスティックの部類に入る。事務系統別管理には職員のノウハウや意識に様々な弊害があるといっても間違いではないだろう。
縦割り運営の弊害や情報運用について、これまで当局が何もしてこなかった訳ではない。事務系統横断的調査を目的とした総合担当特別調査官という部署を税務署に設置したり、国税局では情報担当統括国税実査官という情報セクションを設置している。個別案件についてはノウハウと実績がある。点による管理、一本釣り管理とでもいうべきか。点による管理から線・面での管理、一本釣りから投網による「潜在的納税者」を効率的に水揚げすることが課題となる。
これからの国税の情報管理は、「所得管理から保有資産管理」、「税目別管理から複数税目を網羅した納税者個別管理」へと移行することになろう。さらには租税条約の情報交換制度により得た情報を始めとする海外資産の管理を的確に実施して、全世界資産から得る所得課税及び将来の資産課税の捕捉率向上を図ることに傾注する。
以上のことから、富裕層を的確に抽出・管理して国内外の財産の把握をし、さらに継続管理をすることは、所得課税だけでなく将来の適正な資産課税をしていく上で必要なことである。
全庁的な取り組みの前に富裕層の管理や調査体制の手法について確認する。それが今回の試行通達の位置付けといえよう。

(4) 出国税(国外転出時課税制度)の適正な課税
いわゆる出国税が導入されたことに伴い、適正な課税を行う
  ための体制づくりが必要となった。所得税、資産税、法人税といった縦割り税務行政と局・署の二重構造を放置しておくと出国税課税のチャンスを失いかねない。そこで、情報を富裕層課税に特化することと対象者を一元管理する必要があり、今回の試行に至ったと思われる。

2 富裕層管理の経緯

   1997年に山一證券が破たん、その後金融ビッグバンにより国外送金の規制緩和がされ外国送金及び外国銀行口座を持てるようになった。外国に財産を求めるのが一般的になったのはこの頃からだろうか。外国預金だけでなく豊富な金融商品、運用を生業にするプライベートバンカーなどの利用が盛んになる。日本でもキャピタル・フライトが本格的に始まった。
   当局がキャピタル・フライトを制度として把握できるのは、外国への送金及び外国からの受金くらいしかなく、ほぼノーマークに等しいというのが実情である。租税条約による情報交換規定で委託調査によって得た情報は僅少である。投資先として人気があるシンガポールや香港の情報だって入ってこない。他国に頼っていては適正な課税が出来ない。
   一方、執行現場として把握できるのは、税務調査により外国金融機関からのステートメントの郵便や電子メールを発見して外国財産を把握する程度である。
所得課税をするための情報管理(前述したようにあくまで一時点の情報にすぎない)が中心だったので資産課税に有効な情報管理が脆弱だった。しかし、武富士事件をはじめとする法のループホールに着眼した相続税・贈与税の脱法行為が目立つようになってきて執行体制をドラスティックに見直す必要が出てきた。訴訟も辞さず、といった納税者側の変化にも影響を受けたと考える。
   富裕層管理の手始めは「海外金融資産等保有者に係る管理・調査体制について」平成17年6月21日付の事務運営指針であろう。税務調査などにおいて海外金融資産等を把握した場合の情報の集約・管理を目的としたもので報告基準は500万円相当以上としていた。基準が低いように思われるかも知れないが財産所有・運用の基本はポートフォリオであり、むしろ氷山の一角すら見逃さないという当局の強い姿勢が感じられる施策だったと理解できる。
   情報収集が始まれば蓄積→分析→実地調査→効果測定という流れになる。平成21年頃からだろうか、国税庁のホームページで「いわゆる富裕層への対応」と題して調査結果の公表が始まった。当局のプロパガンダといえよう。ここでいう富裕層に対する調査というのは、平成17年の事務運営指針により蓄積した情報などを活用した調査であると想像する。
   報道発表の前文に「資産運用の多様化・国際化が進んでいる中、いわゆる「富裕層」に対する課税の適否が税の公平感に大きな影響を及ぼすものと考えられます。これに対し、国税庁では、有価証券・不動産等の大口所有者、経常的な所得が特に高額な者などについて、積極的に調査を実施しています」とある。
   少し残念なのは国税庁の富裕層の定義が明らかにされていないことである。想像するに従前から所得税管理コードで継続管理2(大口資産家)を富裕層というのかもしれない。基準の例として「経常所得数億円以上」、「相続(遺贈)財産数億円以上」、「年間配当数千万円以上」、「所有株式数百万株以上」などがあげられる。
   民間の富裕層定義として野村総研の例をあげる。純金融資産保有者を金額別に次のように区分している。超富裕層、純金融資産5億円以上。富裕層、同1億円以上5億円未満。準富裕層、同5,000万円以上1億円未満としている。
   国税庁の富裕層の定義は、純資産ベースではなく総資産ベースでの管理となるようである。借入金が50億円、所有上場株式時価が50億1千万円でも富裕層となりそうだ。
   国外財産調書、出国税の制度導入により、外国財産の把握や過度の節税スキーム実行による財産流出を防止する制度が整ってきた。制度が導入されても執行が出来なければ絵に描いた餅である。試行通達は今後の当局の富裕層対策を占う試金石となる。

3 試行通達の解説

  通達の構成は本文(趣旨と略称の意義)と別添(事務運営要領)からなる。それぞれの注目すべき点をピックアップする。
  まずは「本文」からである。いわゆる富裕層、という文言を使用して試行通達においても独自の定義をしていない。
略称の意義では、「重点管理富裕層」という用語を使用。「試行部署」が課税第一部統括国税実査官(国際担当)となっている。このセクションは①国際的租税回避スキームの知識がある、②国際税務に関する調査経験が豊富である、③租税条約の情報交換既定の実務亭運用ができる、などのノウハウを持ち合わせていることから、国外財産にかかる申告漏れや出国税が当面のターゲットであることが分かる。「調査企画部署」という部外者には耳慣れない用語だが、「課税部内」という限定なので査察部及び調査部は除かれる。東京国税局を例にすると、一般的には課税部の統括国税実査官(各担当)、資料調査課、機動課がこれに該当する。最終的にどの部署が調査企画部署になるかは今後決定される見込みである。
今回の試行通達発遣は庁独自の発想でなされたという風説があり、各局の対応は執行体制の確立にまでには至ってはいないようである。現場を監理する国税局としては、部内の調整に汗していると思われる。正に今事務年度は試行状態のようである。ちなみに、2014年に発足した「超富裕層プロジェクトチーム」(課税一部課税総括課内に設置)が主担するのではと想像したくもなるが、ここは個別案件をスポットで調査するセクションなので、試行通達でいうところの調査企画部署になる可能性は低いと、これまた想像する。

次に本丸の「別添」であるが、次の構成となっている。
  ・第1 管理の目的
  ・第2 管理体制
     1 管理対象者の指定
     2 管理対象者の指定基準
(1) 形式基準
(2) 実質基準
     3 管理対象者グループの範囲
(1) 関連個人
(2) 基幹法人
(3) 関連法人
     4 納税者管理
(1) 重点管理富裕層名簿による管理
(2) 重点管理富裕層名簿の庁への提出及び他局への還元
(3) 重点管理富裕層名簿の関係部署間での共有
(4) 区分管理 
 イ A区分への対応
       ロ B区分への対応
ハ C区分への対応
ニ 区分管理の判定替え
(5) 濃淡をつけた納税者管理
(6) 指定の解除等
(7) 実地調査の際の局への連絡
5 資料情報等の集約

  ・第3 調査体制
      1 調査事案の企画及び調査の指示
      2 指揮命令
      3 調査を実施しないものとした事案に係る連絡
      4 調査審理
 
  ・第4 調査管理課等への情報収集依頼等

 別添を読んでみて少し気なったのは、試行部署イコール調査担当部署ではないという点だ。試行部署、調査企画部署及び調査担当部署の役割は次のようになっている。
 ・試行部署・・・重点管理富裕層の指定、名簿の作成、ランク分け
 ・調査企画部署・・・実地調査でのポイント抽出、裏付け先行調査
 ・調査担当部署・・・実地調査の実施
 名簿管理業務程度の内容で国際担当統括国税実査官を主管としたのは、租税条約の情報交換制度を活用した蓄積情報を富裕層管理とリンクさせるためだと想像する。それだけではない。調査において外国税務当局への情報提供を依頼するには、国税庁国際業務室を経由することになる。国税局側の窓口は国際税務セクションである。情報交換制度を利用するには、国際担当統括国税実査官を主管とするのがうってつけなのである。
 重点管理富裕層名簿の管理対象者に名前があがるのはどんな人物なのだろうか。名簿様式をみると、形式基準と実質基準の欄がある。実質基準は当局の都合により選定される個別案件なので想像が難しいが、形式基準欄に租税条約による情報交換資料という項目がないので、情報交換情報の記載は実質基準欄に記載されると思われる。
形式基準には具体的な収集項目の記載があり興味深い。
・財産債務調書等
  提出義務者の要件は「所得税等の確定申告書を提出しなければならない者で、その年分の総所得金額及び山林所得金額の合計額が 2 千万円を超え、かつ、その年の 12 月 31 日において、その価額の合計額が3億円以上の財産又はその価額の合計額が1億円以上の国外転出特例対象財産を有する者」となっている。高額所得かつ資産保有者を国税部内資料で管理活用するとしている。
・国外財産調書
  提出義務者の要件は「居住者(非永住者を除く)で、その年の12月31日において、その価額の合計額が5,000万円を超える国外財産を有する者」となっている。高額な外国資産を有する者を国税部内資料で管理活用するとしている。
・会社四季報
  大株主欄に記載のある人物を抽出・管理するものと想像する。大株主の持株数に時価を乗ずることにより有価証券価額を把握することができる。保有財産の管理のほか出国税の課税参考にもなるであろう。
・マスコミ記事等
  新聞、雑誌、専門誌、テレビなどの情報を記載するものと想像する。セレブ特集記事などもピックアップするであろう。
・その他
  前記までの項目以外で管理上必要な情報を記載すると想像する。例えば、預金、証券、FX、先物、金地金などの情報があった場合などに管理活用すると想像する。

 それぞれ年分及び推定額(億円)の記載欄がある。「重要事案管理対象」とは試行通達の管理対象という意味ではなく、課税第一部重要事案担当統括国税実査官が所掌する調査対象者を指す。なお、重要担当統括国税実査官とはどんな部署か。主宰法人を擁する著名人を中心にグルーピングして調査を行い課税部内では執拗に深度ある調査を行う部署である。
 形式基準の内容と主管部署(国際担当統括国税実査官)からみて、今回の試行通達が「出国税の適正執行」「国外財産を担著とした調査」を主眼にしていることが伺える。

(参考)
 東京国税局課税部内の調査企画部署
 ・課税第一部
   課税総括課内PT(超富裕層プロジェクトチーム)
資料調査一課(所得税調査)
資料調査二課(資産税調査)
資料調査三課(資料情報担当)
資料調査四課(外国人調査)
機動課(資産税、所轄税務署との合同調査)
統括国税実査官(重要事案担当、重要人物及び主宰法人をグルーピングした調査)
統括国税実査官(情報担当、大型脱税事件の企画・立案)
統括国税実査官(国際担当、国際租税回避スキーム事案)
統括国税実査官(電子商取引担当、ネット取引などの調査)
 ・課税第二部
   資料調査一課(法人税調査、大規模法人を局員だけで特別調査)
   資料調査二課(法人税調査、中規模法人を所轄税務署と合同調査)
   資料調査三課(法人税調査、大規模法人及び公益法人が対象局員だけの特別調査)
   統括国税実査官(局間を跨ぐ広域事案調査)
 ※課税部内の調査企画部署は、基本的に大口・悪質・困難・広域・宗教など、税務署では取扱いが難しい事案を所掌している。

4 試行から全庁本格運営まで

  これまで国税庁ではいくつかのプロジェクトチームを発足させてきた。平成12年の電子商取引専門調査チーム(現在、電子商取引担当統括国税実査官)から始まり、租税回避スキーム解明チーム、超富裕層プロジェクトチームなどである。
プロジェクトチームの最終的な目的は、全庁職員にノウハウの開示をして調査事務に活かすことにある。まさに業務の標準化、均質化、均等化であり、そのために試行段階でプロジェクトのジャンルに秀でた職員を抜擢し、短期間のうちに成果を出させるととともに「業務マニュアル」を完成させることにある。
  試行対象局は、東京局、大阪局及び名古屋局である。試行対象局は試行通達に従って事務運営を行い、情報収集、蓄積及び実地調査を行っていく中で、実務面での業務マニュアルだけでなく組織内の連絡体制の課題も浮き彫りにするであろう。
  他の国税局は、試行局の結果を受けて自局に合った体制づくりをすることになる。一口に国税局といっても、人数、能力、局の個性にバラツキがあるのでカスタマイズが必要になる。
  試行期間はどれくらいか。一年目に調査を実施するとともに効果測定、二年目に調査結果の報道発表と同時に必要な機構要求、などと想像するとせいぜい二~三年といった具合か。
  試行期間では租税条約の情報交換規定をフル活用することが容易に想像できる。今後は条約締結国の税務当局経由で外国金融機関が保有する金融情報を収集するのが普通になる。

5 今後の制度の見通しについて

  わが国にも遅ればせながら国外財産調書、出国税が導入された。国外財産の捕捉、出国による節税スキームの排除が制度化により抑制されることになった。
次に来るのは租税スキームの報告制度だろう。プロモーターからの事前報告が一番手っ取り早い。調査で把握したスキームが他の調査でノウハウとして生かされるまでの間に見逃される事案は少なくない。ならば、富裕層への節税アプローチの多くが専門家と呼ばれる人からのものだから、先に答えを知っておけばロスが少なくてすむ。

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